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教養としての大学受験国語 石原千秋 著 [本の紹介]

前置き
今年のセンター国語現代文(評論)の得点は16点だった。
新聞に載っていたものを職場の昼休みに解いたとはいえ、これはあまりにも酷い。

そこでアマゾンで適当に評価の高い本を注文したら、届いたのは同じ著者だけれども小説の方だった。表紙が似ているので確認を怠りクリックしてしまったらしい。
慌てて再注文をした。

小説も満点とは程遠かったため、誤発注のこの本を解く。
これがあまりにも酷い内容だった。
http://eigobaka.blog.so-net.ne.jp/2012-03-13

私の彼への評価はかなり下となった。


本題
ここに1冊の本がある。そう誤発注の後に正しく注文したものだ。

これを読むにあたって次の点を自分に言い聞かせた。
目的は16点をアップさせるコツを掴むこと。
その為には、著者に対するマイナス印象を忘れること。
知らないことが出てきた場合、謙虚に学ぼうという意識を念頭に置くこと。

それでも、
評価:1(最低)
現役高校生も浪人生も社会人も買わないように。

「二項対立」を用いて問題を解く、ただの問題集。
「教養としての」というタイトルは社会人をターゲットにする為付けたものだろうが文庫本サイズになっているだけ。高校の参考書を電車の中で読む社会人は滅多にいないからね。
「役に立つか」と聞かれれば、あんまり。
「参考になったか」と聞かれれば、まあまあ。
「力が付くか」と聞かれれば、大量に問題が載っているのできちんとやればソコソコ付くのでは。

参考になった点はやはり対立軸を常に意識する、ということ。受験という限られた時間の中でそれが出来るのかどうかは本人の力のつけ次第と言った所か。
参考にならなかった点。やはり不親切。例えば第5章過去問⑩問4。傍線が問題の最初のほうにありながら、回答すべき箇所が最後のほうにあるパターン。
こういうのに受験生は手を焼くのだ。が、この本の解説は「『~であり、かつ商品である』と述べているところを探せばいい(略)。『まあ、こういうことを聞きたいんだろうな』と考えて、構文を探すのである。」

そんな時間あるか。

評論は出来れば1回読むだけ。多くても2回までだ。著者の考えだと各問毎に問題を読み返さなければならなくなる。受験生が求めているのは、1回読んだだけで内容が理解できるようになる解読手法だ。
これを抜きにして、問題の解説をされても、仮にそれが正しいにせよ、(ふうん、なるほどねぇ)という印象しかもてない。

無意味な太字も気になる。通常、重要なポイントに付加するものだが、「山口百恵」「中山美穂」を太字にする意味が分からない。無論これだけではない。所々太字があるのだが、重要なものに絞るべきだろう。

さて、評価を2ではなく1にした理由に迫る。著書の中で数多くの本を紹介しているのだが、参考までに丸善に行って「新釈 現代文」高田瑞穂著を立ち読みしに行った。
(現役で活躍している、若い予備校講師の姉ちゃんか、それともオバちゃんか)と思いながら、ね。
店の端末に「タカダミズホ」と入力し場所を確認し書棚のほうへ向かうと・・・高校参考書のコーナーではなかった。文庫本コーナーでそれを見つけ、手にとって見ると、、、

成城大学名誉教授の昔書かれた参考書(復刻版)だった。

つまり、自分の出身大学の名誉教授を持ち上げただけか。溜息混じりに独り言「新釈 現代文 ちくま学芸文庫・・・」と呟く。そして、ある疑問を感じつつ家に帰って確信を持つ。

「教養としての~」も、ちくま新書。

序章 高田瑞穂→ちくま

参考文献
第一章 山田→ちくま
第二章 竹田→ちくま、本田→ちくま
第三章 上野→ちくま
第四章 鷲田→ちくま、小谷野→ちくま
第五章 今村→ちくま
第六章 西垣→ちくま、桜井→ちくま
第七章 大澤→ちくま
第八章 赤坂→ちくま


問題文
第三章 上野千鶴子→ちくま
第四章 上野千鶴子→ちくま
第五章 上野千鶴子→ちくま
同じく第五章 岩井克人→ちくま

その他
第五章 「講談社学術文庫とちくま学芸文庫は要注意だ。」
第七章 「筑摩書房から著作集が刊行された」

「大学受験のための小説講義」で予備校講師を「引用を表記していない」と糾弾しておきながら、貴方は参考文献を「ちくま書房」の宣伝に使用ですか。読者を馬鹿にするのもいい加減にしなさい。

私は別の評論文解読の本を買いなおしましたよ。まだ読みかけですが、かなり良いです。


余談 - 石原が良書と紹介している本の、他の方の評価。

某ブログより
【タイトル】MD BOOKS 現代文 評論文ガッチリ読破術
【著者】辻本浩三
石原千秋の「教養としての大学受験国語」で「基礎強化入試現代文」と並んで「良心的」と評されたために不当に評価の高まっている本。

アマゾンのレビューより
新釈 現代文 (ちくま学芸文庫)
かつては他にマトモな参考書が無かったためベストセラーだったが、昭和末期にはすでに時代遅れで猫跨ぎされた参考書。その後、出版元が倒産したことからも末期にどれだけ不人気だったか分かる。
この本の人気が再燃したのは著者の弟子筋に当たる石原千秋が「教養としての大学受験国語」の中で持ち上げたからだが、今回の石原による解説もひどいものである。小西甚一氏の名著「古文研究法」を受験勉強で使用したと書きながら、あろうことか出版社を「落陽」社として平気でいる(当然「洛陽の紙価を高める」から「"洛"陽社」が正しい)。こんな初歩的なミスを見落とすようでは筑摩書房の編集者の程度も知れよう。売れているようなので次の版で絶対に訂正すべきである。
この本のミソは冒頭から繰り返される「たった一つのこと」で、それが何なのか、どう役に立つのかは伏せたまま原著の第三章59ページまで引っ張った末に「たった一つのこと」とは「追跡」だという。
ところが「何を手がかりにしてどう追跡するのか」といった方法論については具体的に何も語ってくれない。読書百遍意自ずから通ず。答が出ないのは読者の「追跡」の仕方が悪いからと一刀両断である。これが六〇年代の参考書といってしまえばそれまでなのだが。
確かに出題された文章1つ1つの説明量は結構なものだが、重要なところもそうでないところも一緒くたに一本調子で説明するからメリハリが無く今時の学生なら間違いなく睡眠薬替わりとして使えるだろう。本書を前にしたら「イイタイコト」の藤田修一師の本ですら名著に見えてくる。
こんな骨董品をありがたがるのは四〇過ぎのオジサン、オバサンだけで、間違っても大学受験生を持つ親御さんは子供に買い与えないように。



「楽」さん、何か言いたい事ありますか?

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コメント 26

あらら…

あなた、文庫と新書の区別も知らないのですね。「教養がない」典型例ですな。
by あらら… (2012-04-29 18:12) 

eigoBAKA

まるで、「ちくま新書」と「ちくま文庫」が全くの別法人と言わんばかりの口振りですねぇ。「区別」があるのならコメント残して見てください。ええ、「教養がない典型」なものですから。

by eigoBAKA (2012-04-30 04:16) 

あらら…

新書と文庫は、出版社の問題じゃないだろ。本の判型の問題。ここまで教養がないとは…。
こういう無知丸出しのブログって、恥ずかしいよなあ。しかも、これで社会人。中卒か?
by あらら… (2012-04-30 14:38) 

あらら…

「文庫本サイズ」って、文庫のほとんどは単行本の再利用、新書のほとんどは書き下ろし。「サイズ」の問題じゃないだろ。中卒はそんなことも知らない…。
by あらら… (2012-04-30 14:43) 

あらら…

トイレに行って、反省しました。あなたには「書き下ろし」という言葉は理解できませんよね。そもそも「センター国語現代文(評論)の得点は16点」では、あの2冊の石原本を読みこなせるはずもなく、出版社についてゲスの勘ぐりが精一杯ですよね。哀れな中卒…。
by あらら… (2012-04-30 14:57) 

eigoBAKA

 本を書く時には自分の立場を明確にするものだが、大まかには2つに大別される。一つは他者からどう評価されようが自分の主張を訴えるものであり、一方は紙面を通して読者の顔を思い浮かべ、喜ばせよう、共感を呼んでみようと想像して苦慮苦悶しながら作り上げるものである。
 残念ながらこの本の著者はどちらの立場でもなく、出身大学教授だった人を持ち上げ出版社の担当者を喜ばせようとこの本を書いたらしい。
 読者の事を考えず、一出版社の広告塔として書いたものなら、「ちくまと私のための、読者を煙に巻く受験国語」とか「ちくまと私のミポリンのための、国語講義モドキ」と云うタイトルに変更すべきだろう。
 私のこの素晴らしい提案は無償で差し上げるので、是非この企画を懇意の出版社に持ち込む事をお奨めする。

by eigoBAKA (2012-04-30 17:01) 

あらら…

まったく反論できず、議論で負けたので、論点ずらしですか。こういう汚い言葉で、自分のブログを汚す奴の神経がわからないなあ。
本の「サイズ」について発言するなら、最低限の教養は身につけようね。哀れな中卒…。
自制心もなく、からかうには打って付けのバカだったがね。

by あらら… (2012-04-30 18:34) 

eigoBAKA

反論も何も、論点ずらしに躍起なお子ちゃまを無視しただけですが。
・「こういう汚い言葉」ってどこ?
・中卒の根拠は?(注:私は中卒と聞いただけで蔑んだりはしないし、私自身幼稚園中退引きこもりニートで全然構わないのだが・・・)
・やたらと「サイズに拘る」がその理由が不可解。
自制心もなくレベルの低い中傷レベルのコメントしか出来ない君に送るよ。

なお、私自身からかわれた気はしてない。勘違いの世界で生きている御仁なのだろうか。

腹も立たないが、もう少し骨のある反論欲しかったね。

by eigoBAKA (2012-04-30 19:26) 

eigoBAKA

文庫だろうが新書だろうが、自書の中で特異的に「ちくま」を取り上げていたのは事実。
過去に別の出版社から発刊され、現在「ちくま」から復刻されているものも、お勧めの本の大半が「ちくま」なら広告塔と言われて当然である。
「文庫」と「新書」の違いも解らないのか、という難癖自体が論点ずれなのだよ。

後は私を中卒と決めつけ(この人は中卒=バカらしい)という貴方の身勝手な落書きに付き合う義務はあるのだろうか。

学歴肩書き大好き人間には一生理解できないだろうね。
by eigoBAKA (2012-04-30 19:43) 

あらら…

おお、ようやく「中卒」に反応しましたねえ。この反応を見たかったのです。
100パーセント予想通りの、誰でもできるレベルの反応。大丈夫です。安心してください。あなたは正真正銘のバカです。
by あらら… (2012-04-30 23:15) 

eigoBAKA

この反応ってどの反応なのやら。。。
この人は稚拙な文しか書けないのだろうか。

by eigoBAKA (2012-05-01 03:26) 

eigoBAKA

 さて、遁走したようなのでダメ押しして終わりにしますか。
 まず、ゲスの勘ぐり(正しくは、下衆の勘繰り)とは邪推する行為の意味である。(出版社からリベートを受け取っているに違いない)とでも書いたのなら、下衆の勘ぐりと返されても理解できる。
 しかし私はその様なことは一切言っておらず憶測でモノを書いていない。序章から最後の第8章まで全て「ちくま」を取り上げていた点を指摘し、の異様な「ちくま紹介」という事実から「読者を見ていない」と斬り捨てた迄。
 私は中卒ではなく幼稚園中退と申し上げたのだが、これが予想通りの展開というのなら、そんな私から日本語の間違いを指摘される貴方の日本語力は幾許か。

by eigoBAKA (2012-05-02 02:09) 

eigoBAKA

 コンサートに行ったとしよう。歌唱力も今一つで歌い手はプロデューサーやスポンサーばかり見ていたらどう思うだろうか。消費者は対価を支払いモノや情報、サービスを得る。これ等に不満を感じれば悪い評価を下すのは当然であり、消費者の絶対的権利である。
 この程度の批判にも耐えられない者は、本を出版する資格すら無いと断言できよう。

by eigoBAKA (2012-05-02 02:14) 

eigoBAKA

 小さい犬ほどよく吠える。自分に自信が無い故、クンクン評判を嗅ぎ回り、気に入らないと思ったら後先も考えず見境なしに噛み付く。肉は引き千切れ、痛みに踠き苦しむに違いない、と一人勝手に思い込みほくそ笑む。
 しかし、噛まれた方は全く痛くない。相手は所詮子犬に過ぎないのだから。
 可哀想な子犬にはそれが解らない。
 恐らく一生理解できまい。

by eigoBAKA (2012-05-02 02:21) 

あらら…

バカが、からかわれて力みかえっていますねえ。
あー、面白かった。バイバイ~、大きなわんちゃん。
by あらら… (2012-05-02 06:07) 

あらら…

どうやら、あなたは知的水準にかなりの問題を抱えておられるようなので、最後に丁寧に説明しておきましょう。

①あなたが「序章から最後の第8章まで全て「ちくま」を取り上げていた点を指摘」したのは、集計ミスがない限り、おそらく正しいのでしょう。これは「事実」の問題です。②しかし、それを「参考文献を「ちくま書房」の宣伝に使用」したとか、「プロデューサーやスポンサーばかり見ていた」とするのは、「解釈」の問題です。なぜなら、たとえば「この本のコンセプトに合う本の多くをたまたま筑摩書房が刊行していた」という「解釈」も可能だからです。あなたが行ったのは、「解釈」の一つを示したことにすぎません。
では、なぜあなたはゲスの勘ぐりともいうべき「解釈」を行ったのでしょうか。それは、おそらくあなたの心が卑しいからです。あなたの「解釈」はあなたの心の産物だからです。
もちろん、以上のあなたの心に関する結論も「解釈」の産物です。しかし、あなたの卑しい言葉を読むと、かなり蓋然性の高い「解釈」だと思っています。

by あらら… (2012-05-04 03:43) 

eigoBAKA

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
頭に血が上った奴には何を言っても無駄なので、冷却期間を1ヶ月置いてみた。こういう時間差を有効利用する手法は実はかなり有効だ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

これから、話を続けるわけであるが、普通にこのブログを読んでいる第三者の中には話についてこれなかった人も多かったと思う。
http://eigobaka.blog.so-net.ne.jp/2012-03-13
の記事とコメント欄を見て欲しい。
コメントを付けている「千秋楽」とは誰か。著者本人である。
読者の感想に対し「面白いご意見ありがとうございます。」と書く人はそれ以外にいない。千秋楽というネーミングにセンスはあるとは思ったが。
このコメントは2つ私を不快にした。
1つは、本文では扱っていない共著か単著かという本文と無関係な話を持ち出して「もう少し調べて批判しないと恥をかきますから、お気を付けてください。」
と挑発してきたのだ。
もう2つ目、記事投稿後略1日でコメントが付いたこと。たまたま?偶然?そんなことを考えるより、著者本人が四六時中自分の名前を検索し評判を嗅ぎ回る異常な小心者と見たほうがよさそうだった訳だ。

「小説」で不快にさせられ、「教養」でも不満を持ったので、今回も遠慮なく書かせて貰ったというのが、この本文までの流れである。
本文末尾「「楽」さん、何か言いたい事ありますか?」は千秋楽さん=著者さんに呼び掛けたものなんですね。その後すぐにコメントが付いたわけですから、ご本人さんには通じたようです。

咄嗟に「あらら…」という名前に変更したもの愛着があろう「千秋楽」というハンドルネームを使いたくなかったからでしょうが、ブログの記事に速攻でコメントを載せる変人は石原以外にいません。バレバレなのだから堂々と本人だと明かした上で語れば良いのにね。


by eigoBAKA (2012-06-05 04:44) 

eigoBAKA

コメントに上から1~16の番号を振る。
石原のコメントは1、3、4、5、7、10、15、16となる。

まず、初っ端の1から。
>文庫と新書の区別も知らないのですね

小説の時もそうだったのだが、この人は話の中心にもなっていない事を引っ張ってきて、「間違っている」だの「~も知らない」という低俗な習慣があるみたいです。

次に3,4,5,7となるのですが、特に4と7に注目して頂きたい。
私自身は本のサイズにいちゃもんを付けた記憶が無いのだが、この人は相当頭にきているみたいで「反論できてない」「論点ずらしだ」と喚いています。。。

本文で唯一サイズの話をした箇所といえば、
”「教養としての」というタイトルは社会人をターゲットにする為付けたものだろうが文庫本サイズになっているだけ。高校の参考書を電車の中で読む社会人は滅多にいないからね。”
なんだけれど、これってそんなに不快に感じる文章か?

まあ、カッカしちゃって攻撃したい箇所を目を三角にして探していた精神状態だったろうから読み飛ばすしかない。

by eigoBAKA (2012-06-05 05:04) 

eigoBAKA

9、は私の発言である。
論点をずらそうと躍起の著者に対し、「いやいや、本題はここですよ」と修正を迫ったもの。

だが、10(石原)
>あなたは正真正銘のバカです。

これが大学教授の人間のレベルです。こんな人から学ぶ早稲だの学生さんって、可哀想。

by eigoBAKA (2012-06-05 05:15) 

eigoBAKA

12も私の文です。
”序章から最後の第8章まで全て「ちくま」を取り上げていた点を指摘し、の異様な「ちくま紹介」という事実から「読者を見ていない」と斬り捨てた迄。”

その後15,16と彼のコメントが続きますが、結局全章で「ちくま」を紹介したことを認める羽目になりましたね。その後の文は只の言い訳に過ぎません。

12の私の文に対して強い否定をするとしたら皆さんはどんな文章を書きますか。
これ、問4としますので少し考えてみて下さい。


by eigoBAKA (2012-06-05 05:24) 

eigoBAKA

さて、ここで皆さんに読解力テスト。今までの流れをきちんと理解できているか、テストします。

問1 「プロデューサーやスポンサーばかり見ていた」は比喩です。スポンサー=ちくま、なのですが、プロデューサーは誰か。
問2 筆者は執拗に私に対し「ゲスの勘ぐり」(正しくは、下衆の勘繰り)という言葉を使っているが、私が勘繰ったものとは何か。
問3 著者は後にプロデューサーの昔の本を復刻させ解説を巻末に載せている。世間ではこういう行為を何と呼ぶか。カタカナ5文字、又は漢字4文字で表せ。
問4 ”この異様な「ちくま紹介」という事実から「読者を見ていない」と斬り捨てた迄”に対し強い反意を示す文を作れ。

by eigoBAKA (2012-06-05 05:38) 

eigoBAKA

答1 高田瑞穂
答2 解なし。私は何も勘繰っていないから。
答3 マッチポンプ、自作自演
答4 異様に「ちくま紹介」をしたのは事実ではあるが私は読者を見ている。

答4に関しては、言い切るのだから、後に「~何故ならば」みたいな理由が必要とはなるが。
著者がこの様な強い反意を示さなかったのは、単に「示せなかった」に他ならない。
by eigoBAKA (2012-06-05 05:52) 

eigoBAKA

大学受験国語とは名ばかりで、実は著者はある一定の方向に読者を誘導しようとしている。近代以降の評論の成果と推移から読み取る現代、
といった感じか。そういう本の否定はしない。しかしそれは文学界、哲学界の中でやれ、という話。大学受験国語と名を付けたのだから、受験と隔たりがあってはならないし許されない。しかし残念ながら、彼にその自覚はなく、公認会計士の試験を掲載する始末なのである。異様なちくま紹介も、「この本のコンセプトに合う本の多くをたまたま筑摩書房が刊行していた」という「解釈」も可能だからです。」といってますが、
本の中で
>第五章 「講談社学術文庫とちくま学芸文庫は要注意だ。」
と書いてあるのだから、たまたまだ、とはいきませんよね。
また、過去問を無作為に抽出して何割以上出題されているといった具体的根拠がなければ、この様な文はかけない筈。

言い訳に終始しボロボロになった挙句、虫の息で
「あなたは知的水準にかなりの問題を抱えておられるようなので」
と仰っても、貴方の傷口を広げるだけですよ。


実は別角度からのダメ押しの「一手」も残してある。ただ、これは余りにも私の中のモラルに反する手法だ。だから「彼」が再び現れない限り封印しようとは思っている。
by eigoBAKA (2012-06-05 06:16) 

haruhico

はじめまして。某ブログの「中の人」でAmazonレビューワーです(笑)。
初めて同意見の方を発見して大変心強いです。

散々「教養のための」をこき下ろしてきましたが、出典が全て筑摩書房とは気付きませんでした。

石原という輩は実証精神の欠片もない(本書の「クイズ100人に聞きました」に関する記述を読めば明白)インチキ師なのになぜこんなに絶賛をする開きメ○ラが多いのか不思議で仕方ありません。


by haruhico (2014-08-07 21:48) 

eigoBAKA

はじめまして。また、コメント有り難うございます。
私のスタンスは基本的に本の感想を良かれ悪しかれ思った通りに正直に書くことであり、石原氏のものに限らず本の著者に関しては触れません。
しかし今回は余りにも酷かったので遠慮無く書いた次第です。

出版社も売るためには手段を選ばずの姿勢をとっているので、読者としても情報をどんどん発信する必要がありますね。かといってアマゾンのレビューは商業利用されるだけなので結局ブログで書くことにしていましたが、楽しんで頂けたようで何よりです。


by eigoBAKA (2014-08-08 08:27) 

元塾講師

第1章で買ったことも読んだことも後悔しました。過去問②の問六の解説がひどすぎます。著者の使った問題集は選択肢のロを正解としていたとあり、私もロが正解で間違いないと思います。記述式なら答えは「生産的労働によって」といったところでしょうから、「生産活動を行い、経済的活動に供することによって。」とあるロが適当で、一見冒頭の「人間の意志と必然性を基準にして」が不適当そうですが、「人間の意思と必然性」は「理性と合理性」の言い換えとして実は妥当です。筆者が正解とする選択肢のハは、一見良さそうですが、「生産」というキーワードが入っておらず、不適当です。「ロは内容も本文から離れている」として間違えていることも問題ですが、「出題者の心理からしてもあり得ない」だの、太字で「正解の選択肢は文章が整っているのが普通」だの、本文ではないもの(出題者の意図)を根拠に邪推してしまうのはさらに問題です。筆者は選択肢の出来が悪いと述べていますが、出来が悪いのはむしろ筆者の読解力の方でしょう。「はじめに」で「自分を相対化できるという意味において」教養は社会人にも必要と説いた筆者が、入試出題者の経験に引きずられて、選択肢を客観視できていないのは笑えません。これではフランシス・ベーコンの唱えた洞窟のイドラです。客観視のできない者が理性・論理・合理・科学を重んじる「近代(第1章のテーマ)」を語るなんて悪い冗談です。ところで、過去問②は関西学院大の経済学部の出題であり、マックス・ヴェーバー著「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」が念頭にあれば理解はたやすいのに、引用も紹介もしていないあたりは、筆者の教養を疑わざるを得ません。筆者が本当に早大教育・総合科学学術院教授なのであれば、この著書は粗製濫造も甚だしいというほかありません。
by 元塾講師 (2016-03-24 00:46) 

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